COIにかける想い
(重点テーマ研究者)
健康医療ICT標準化(基盤)
1984年 東京大学医学部医学科卒業、外科系臨床、東大病院中央医療情報部助手、講師、助教授を経て1997年より現職。東大病院企画情報運営部長併任。東大病院副院長、東大総長補佐、医学図書館長などを歴任 2019年より東大病院病院長補佐。日本医療情報学会前学会長。専門は医療情報の標準化、医療情報システム、医療人工知能。NeXEHRSコンソーシアム代表。
健康医療ICT標準化 [ 大江 和彦 ・ 日本電信電話株式会社 ]
健康情報/医療情報の連携 [ 大江 和彦 ・ 日本総合システム株式会社,株式会社タニタ ]
ゲノムデータベース [ 大江 和彦 ・ 富士通株式会社 ]
【標準化された形式の健康医療データの蓄積こそ利活用の根幹】
健康医療のデータはほとんどすべて、診療の場や生活の場などの個々の現場で散発的に発生し測定し記録される。これらのデータをひとつに集積し意味ある情報源として利活用できることが、医療ビッグデータ解析や医用人工知能(AI)にとって非常に大切である。しかし、Real World Dataは医療に限らずどんな世界でも、その現場で活用できれば良いという発想で作られるため、記録内容も記録様式も記録保管方法もそれぞれに都合のよいようにばらばらであり、単に集めても簡単には役立つデータベースにならない。このようなカオス状況では、紙も電子データも変わりはなく、多施設での健康医療データ、つまり医療と生活圏でのデータを、1人ひとりの健康医療データとしてまとめ上げて利活用することは到底できない。それにもかかわらず電子カルテデータなどを多くの病院から単に集めさえすれば解析できる巨大なデータベースになると思われがちである。
【Real Worldは医療現場から生活圏へ。臨床データから健康情報、そして個の特徴であるゲノム情報へ】
健康医療ICT標準化チームでは、健康と医療の現場からReal World Dataとして発生するあらゆる種類のデータを、単に形式的ではなく意味的に標準化し、情報粒度つまり必要な情報の細かさを調整し、医療と生活圏でのデータを1人ひとりの健康医療データとしてまとめ上げていくプロセスを実現する。こうして標準化され、まとめ上げられ、集積された健康医療データは、さまざまな活用の共通基盤として、まるで縁の下の土台のように機能する。我々は、これまで医療機関内で発生するデータを、国際標準ISO27191と厚生労働省標準に準拠したSS-MIX2標準化ストレージ規格を策定することで標準化を進め、これは現在までに日本の病院の電子カルテの35%に普及してきた。次の段階としてこれを活用できる臨床症例データベース構築プラットフォームとしてMCDRS(マックドクターズ)を開発し、これは診療録直結型糖尿病症例データベースJ-DREAMSや慢性腎臓病データベースJ-CKD-DBなど複数の学会主導の大規模症例データベース事業に採用されるようになった。
次は生活圏で日常的に発生し記録される家庭血圧、体重、運動量などを対象とするが、これは医療データとは違った難しさがある。さまざまな測定デバイスが販売され、一般の人が気ままに使用し、データが散発的に好き勝手にいろいろなシステムに登録される。研究で利用するレベルのデータの質は確保しにくいが、時系列で多くのデータが蓄積され、医療データを紐付けられれば、その価値は高まる。一方で、医療、介護や日常生活でも、健康上の問題を本人からいかに情報収集するかについての技術と仕組みはまだまだ未開発である。痛みやつらさは今のところ客観的には測定できず、本人から聞き出すことが唯一の手段である。この聞き出す方法として問診情報収集技術を開発することは、健康医療情報の集積の重要なパーツであり、これにも取り組み始めている。さらに、究極の個人の個性の源であるゲノム解析情報をも、これらの医療データと生活における健康情報とともに、まとめ上げ、これらを必要に応じて連結して利活用できるようにしていきたい。
このようにして健康医療情報の標準化とデータ収集基盤を構築すれば、その先にあるのは、このデータ基盤を活用した新しい健康医療サービスへの展開であり、Real World Dataを活用した新しい臨床研究環境の構築と基礎医学へのフィードバックである。PostCOIフェーズでは健康医療の大規模データがあってこそ実現できる医療AI(人工知能)、とりわけディープラーニングを活用した医療支援システムの研究開発が花開き、そうした新しい医療と医学研究のデータ環境は社会に変革をもたらすであろう。
ゲノム解析
1996年 九州大学理学部数学科卒業 1999年日本学術振興会特別研究員(統計科学) 2001年九州大学大学院数理学研究科博士課程修了、博士(数理学)。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター博士研究員、助手、准教授を経て現在ヒトゲノム解析センター健康医療インテリジェンス分野教授、ヒトゲノム解析センター長。スーパーコンピュータを用い、ゲノムデータなど高次元大規模データから知識発見・予測を行うための統計学理論、方法論の研究に従事。
ワトソン活用・メタゲノム解析 [宮野 悟,井元 清哉 ・ 日本IBM株式会社 ]
私たちが父母から受け継ぎ、また、子供達に引き継がれていく遺伝情報は、約30億個の塩基対(A, T, G, Cと書かれる4種類)が連なったDNAに書き込まれています。これがゲノム情報と呼ばれるものです。個人間では、平均1000塩基に1箇所くらいの違いがあることが知られています。この違いが、私たちの姿形、体質や健康状態の違い、病気に対するリスクの違いなどに関係しています。また、いくつかの薬については、その効果にも関係していることが分かってきています。
DNAが関係する病気は多くあります。がんもその一つです。がんは、長い時間をかけてDNAの色々な部分が「故障」し、その故障が蓄積して生じる病気です。ここで、「故障」とは、例えば、DNAのある箇所の塩基が何らかの原因で別の塩基に置き換わってしまったりすることで、がん細胞が正常な制御から逸脱してしまうことを言っています。後天的なDNAの故障は、変異と呼ばれます。
2010年あたりから次世代シークエンサーと呼ばれるゲノムを解読するための装置が広がり始め、私たちは個人個人の30億の塩基からなるゲノム情報を手に入れることが出来るようになりました。一人分のゲノム情報を読み取る費用は、20年前は数千億円でしたが、数年前には10万円程度まで下落しました。2017年には更に安くなり、価格破壊が起こりつつあります。この技術を用いて、ゲノム情報を健康の維持、病気の予防・治療に応用しようと、現在多くの方のゲノム情報が読み取られています。その人数は、現在世界中合わせると100万人程度と推定されていますが、東京オリンピックの頃には数億人になると考えられています。すぐに10億人を大きく上回る方々が自分自身のゲノム情報を持つようになります。
個々人のゲノム情報を健康の維持、病気の予防に活用するためには、ゲノム情報を「解釈」する必要があります。個人間では、違いは数百万カ所以上あります。また、がん細胞のDNAを読み取り、どこに変異があるのかを見つけ、治療に活かす取り組みも進められています。がんの種類や個人間でも差が大きいですが、数千から数万以上の変異箇所が見つかり、この中には、抗がん剤が有効な変異が含まれていることがあります。それらをいち早く発見し、効果の高い治療に繋げるためには、膨大な数の変異の一つ一つを解釈しなければなりません。しかしながら、その作業は大変なもので、数百万カ所の評価は人知・人力を超えています。
今後、ゲノム情報を活用し、皆が健康な生活をおくれる社会を創るためには、このゲノム情報の解釈がボトルネックになっています。また、近年、腸管内、口腔内など私たちの体の中に住んでいる微生物(細菌やウイルス)が私たちの健康状態や疾患に影響していることが分かってきました。腸内フローラと呼ばれるものはその一部です。私たちのゲノム情報、私たちの生活様式や共生している微生物の情報を合わせて解釈し、健康の維持や新たな治療法の開発に活用することが今後必要不可欠だと考えています。
医科学研究所では、がんの患者さんを対象に30億塩基対の全てを調べる全ゲノムシークエンスに基づく「がん臨床シークエンス」を強力に推進するために人工知能を用いたゲノム情報解釈の研究を行っています。実例として、血液がんの患者さんを対象に、次世代シークエンスによってDNAを読み取り、医科研のスーパーコンピュータSHIROKANEを用いたデータ解析により発見した約1600の変異の同定から、IBM Watsonを用い、病態に関連する変異の絞り込み、候補抗がん剤の提示までを5日で行うことに成功しました。これまで1ヶ月程度かかっていた一連のプロセスの中で、最も人工知能を有効に利用できる部分を見いだし、Watsonを活用することで大幅に短縮できたのです。現在、更に精度を上げるためにWatsonを含めた人工知能の学習を進めつつ、人工知能を用いた臨床シークエンスを社会実装する上での技術的問題、規制上の問題、人の心に関する問題にも懸命に取り組んでいます。
今後は、対象をがん以外の病気や健常者にも広げる計画です。私たちと共生している細菌やウイルスなど微生物の情報もシークエンス解析で網羅的に計測できる新しい技術の開発も行います。そして、より多くの情報をスーパーコンピュータや人工知能によって解析・解釈し、高い精度の情報と確かなエビデンスを創出します。この情報を活用できる社会の仕組みについても研究を進めていきます。
健康リスクの見える化
1988年 防衛医科大学校卒業 2005年 カロリンスカ大学にて医学博士。自衛隊中央病院心臓血管外科、陸上自衛隊衛生学校教官、陸上自衛隊師団医務官、防衛医科大学校准教授、陸上自衛隊衛生学校主任教官、東京大学大学院医学系研究科特任准教授等を経て2019年より現職。
著書
音声病態分析 [ 徳野 慎一 ・ PST株式会社 ]
当講座ではこれまでに、音声から感情を認識し、その感情の変化から心の健康度を計測するソフトウェアを開発してきました。感情を介することで、より被験者の感覚に近いモニタリングが可能となっています。現在では、この技術を用いてスマートフォンのアプリケーション(MIMOSYS:Mind Monitoring System)を一般公開し多くの方に利用していただいています。さらに、株式会社日立システムズはこの技術の共同開発元であるPST株式会社と協業し、クラウド型のヘルスケアサービス「音声こころ分析サービス」を提供することになりました。
しかしなら、厳密な話をすれば我々のシステムは話し手が元気か元気でないかの判別はできますが、なぜ元気がないのかは判断できません。言い換えると、元気がないのはどのような病気によるものかは判りません。そこで、当講座ではこれまでの経験を生かして、より精度を上げていくとともに、ストレスだけでなく様々な疾患に対応できる「音声病態分析技術」の開発に取り組んでいきまます。今後は、うつ病の中でも治療法の異なる大うつ病と双極性障害の判別ができるような仕組みの開発を目指します。また、合併率が高く発症早期には鑑別が困難である、うつ病・パーキンソン病・認知症の鑑別にも挑戦します。
また、既存のMIMOSYSについては、システムの多言語対応に向けて様々な言語での検証を準備中です。近い将来、マン・マシンインターフェイスとしての音声はますます浸透していき、あらゆる場面で音声入力が当たり前の社会が来るでしょう。その時、機械は指示された内容を実行するだけではなく、使用者の健康を感知して、より適切な動作あるいは提案をするようになるかもしれません。
2009年 英国LSHTM公衆衛生修士。2012年 東京大学大学院医学博士。2014年東京大学医学部附属病院臨床研究支援センター特任助教、東京大学医療イノベーションイニシアティブ兼任。2018年より現職。 日本内科学会認定医・日本糖尿病学会認定専門医・日本医師会認定産業医。
カラダ予想図~自ら選ぶ未来のカラダ~ [ 岸 暁子 ]
多くの生活習慣病の原因とされているメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)が強く疑われる者と予備群と考えられる者を合わせるとその数は、厚生労働省の発表によると40~74歳の日本人男性2人1人、女性5人に1人と推測されております。2008年4月からはメタボリックシンドロームに着目した生活習慣病予防のための特定健康診査(特定健診・特定保健指導)が始まっています。これは、40~74歳の方を対象にした病気の発症前からの1次予防として、日本独自の取り組みです。しかしながら、要特定保健指導の対象者のうち「積極的支援」以外は、多くの機関で実質的な介入フォローはあまりできていないのが現状です。また、さらには最近の新しいトピックスとしてうつ病発症予防の観点より2016年からストレスチェックが企業で義務化されました。
生活習慣病関連の予防に対し、早期介入の方法・有効性に関する検証が十分に議論されていないため、私たちは下記の2つのことに着目し、プロジェクトを進めています。
一つ目は、リスク予測モデルを用いて、疾患・メタボリックシンドロームの新規発症前にハイリスク患者を特定することです。高確率で近い将来に新規発症するハイリスク群のうち、現行の人間ドック・健康診断で十分なフィードバックを受けられていない方達に対して、早い段階で将来の疾患リスクをお伝えし、早期介入を行うということです。
二つ目は、自覚症状のないメタボリックシンドロームから繋がる将来のリスクについて、直感的にご理解いただくための、データの可視化です。集積された健康関連データを基に算出されたアルゴリズムを用いて、将来の健康リスクを算出し、リスクの可視化(自分ゴト化)のよって、自らの気づきによる自発的な行動変容を促すプログラムを開発しています。今後のリスク情報が視覚情報を通して、自分の問題として認識できるようになり、継続的な行動変容の動機付けを促す仕掛けを複数組み込んでいます。病院の各専門医のインプットと新しい技術を組み合わせた、個人に特化されたアドバイスを提供する生活習慣病予防プログラムへの参加を通じて、皆様の疾病発症リスクの減少を目指しております。
疾患予防対策
1995年 東京大学医学部医学科卒業、東京大学医学部附属病院内科研修医 1998年 東京大学大学院医学系研究科内科学専攻入学、東京大学医科学研究所造血因子探索研究部および東京大学医学部アレルギー・リウマチ内科で研究 2001年 日本学術振興会特別研究員 2002年 日本予防医学協会リサーチレジデント 2006年 東京大学医学部附属病院アレルギー・リウマチ内科助教 2013年 東京大学大学院医学系研究科内科学専攻アレルギー・リウマチ学講師 2017年 同教授。
免疫疾患 [ 藤尾 圭志 ・ 中外製薬株式会社 ]
私たち東京大学医学部アレルギー・リウマチ内科は、東京大学COIのフェーズ1の中途から「ヒト免疫系の機能ゲノム学による統合的理解とこれを用いた免疫疾患の発症予防のためのインターベンション戦略の構築」という課題で中外製薬と共に参加しています。フェーズ1で研究体制のセットアップ行い、これからフェーズ2に進むにあたり、社会への還元をより強く意識してプロジェクトを進めていきます。
アメリカでは2015年にPrecision Medicineという方向性が打ち出されました。従来型の医療は、“平均的な患者”に対してデザインされたもので、「ある患者群には大変効果のある医療ではあるが、その他の患者にはほとんど効果がない」という結果になっていました。Precision Medicineは、遺伝子情報、生活環境やライフスタイルにおける個々人の違いを考慮する医療を意味するもので、従来型医療からの脱却を促し、医療にイノベーションをもたらす可能性があるものとして期待されています。
多くの人の病気は遺伝的な素因の上に環境の影響が加わって発症すると考えられており、このような個々人の違いを考える上で、遺伝情報は大きな手掛かりとなります。しかしながら遺伝情報だけで病気が決まるわけではないので、遺伝情報だけでは病気と患者さんの正確な分類はなかなか上手くいかないことが分かってきました。関節リウマチを含む免疫疾患の場合には、遺伝的な素因の上に環境の影響が加わって、免疫を担うリンパ球の機能が変化することにより発症すると考えられます。そこでリンパ球の機能を反映するものとして遺伝子発現情報を集めて、これを遺伝情報と組み合わせれば、病気と患者さんのより精密な分類が可能になることが期待されます。
このプロジェクトでは、第一段階として数百名の患者さんについて、数十種類の末梢血リンパ球サブセットの詳細な遺伝子発現情報と遺伝子多型情報を集め、遺伝子発現、リンパ球サブセットと臨床情報の関連を検討します。さらに第二段階では、公的データベースなどの数千名の患者さんの遺伝情報に第一段階の詳細なデータを組み合わせることで、大規模データにおいて病気と患者さんのより精密な分類を試みます。このような研究は、中規模の精密なデータと大規模データのそれぞれの長所を組み合わせた、優れた解析になる可能性があります。大きな目標は、ある人の遺伝情報が分かればリンパ球の遺伝子発現が推測でき、さらに疾患の発症リスクや適切な治療の選択も予測できるようにすることです。免疫は自己免疫疾患だけでなく動脈硬化などの多くの疾患に影響しており、このような研究成果は東京大学COIの目標の「自分で守る健康社会」の実現にも、大きく役立つことが期待されます。
1988年 東京大学医学部卒業、ワシントン大学腎臓内科、東海大学総医研、東大病院助手を経て2012年より東京大学腎臓内科学/内分泌病態学教授 2014年より東大病院副院長 2019年より東京大学医学部副医学部長。東大医師会医学賞、日本腎臓学会大島賞、日本腎臓財団学術賞、ベルツ賞受賞。日本内科学会副理事長、アジア太平洋腎臓学会理事長。国際腎臓学会次期理事長、腎臓病の進行機序解明と治療法の開発に従事。
糖尿病性腎症 [ 南学 正臣 ・ 協和発酵キリン株式会社 ]
少子高齢化が急激に進んでいる本邦では、「自分で守る健康社会」への構造転換が急務となっている。その実現には、入院や通院を劇的に削減する革新的予防・診断・治療システムの開発が必須である。
慢性腎臓病は、1330万人が罹患している国民病である。慢性腎臓病は進行すると末期腎不全で透析・移植などの腎代替療法が必要となるのみならず、心血管系の問題を高率に引き起こし、貧血や骨ミネラル代謝異常などの合併症による quality of life の低下も顕著であり、健康社会にとって重大な障害となっている。生活の欧米化に伴い、加齢とともに増える生活習慣病による慢性腎臓病が激増しており、透析導入原因疾患の第一位である糖尿病腎症への対策は喫緊の課題となっている。
本COI プロジェクトでは、実際に診療を行い現状の問題点を熟知している東京大学医学部附属病院と創薬に優れた経験とノウハウを持つ協和発酵キリン株式会社とが共同し、両者がアンダーワンルーフで研究開発初期から対等に参加してオープンイノベーションプラットフォームの形成を促進し、糖尿病腎症のうちに特に重要な腎機能が急激に低下する rapid decliner の同定と治療法開発に向けて、生体試料を活用した研究開発と社会実装を目指している。生体試料の採取は基礎的検討により最適化した条件で行っている。更に、医療情報の利活用を基盤として健康維持・向上へとつなげるために これまで病院でポイントでしか得られなかった健康情報を在宅でpersonal health recordとして継続的に取得するシステムにより、更に糖尿病腎症対策を強化する。対象患者のリクルートが終了し、現在経時的なフォローアップを行っているところで、メタボロームを含めた解析が進行中である。また、動物実験を並行して行うことにより、得られた結果の validation と理論的強化を行っている。
本研究の成果は、糖尿病腎症による透析導入の減少と患者予後・quality of life の向上をもたらすとともに、医療費の削減にもつながり、「自分で守る健康社会」に大きく貢献するものである。
医療技術革新
1989年 東京大学大学院工学系研究科より博士号を取得、東京電機大学、東京大学大学院工学系研究科および新領域創成科学研究科助教授を経て教授就任 2006年 工学系研究科精密機械工学専攻教授 2012~2018年 同附属医療福祉工学開発評価研究センターセンター長を兼任 2012~2017年独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)副審査センター長、医療機器のレギュラトリーサイエンスの研究に従事 2018年 臨床生命医工学連携機構の機構長に就任。
医療技術評価実験室 [佐久間 一郎 ・ オリンパス株式会社,東芝メディカルシステムズ株式会社 ]
医療技術開発評価実験室への取り組み
医療機器開発の特徴として以下の点が指摘されている。
- 新しい機器は基礎研究からも生まれるが、多くの場合医療現場から生まれてくることが多い。特に臨床医の不便さの改善などはその典型的な例である。
- いったん開発された製品の使用経験の中で明らかとなった改良を逐次行いながら成熟していくことから、製品化後も頻繁に改良されることが多い。
- このため医薬品の製品寿命が長いのに対し、医療機器の寿命は短いと言われている。またこれは技術革新の導入が早いことを示している。
- 医療機器として承認されるためには、機器の安全性・有効性・信頼性に関する科学的データを収集する必要があるが、医薬品開発と異なりその評価方法は多様であり、革新的な医療機器の場合は、特にその科学的評価手法自体を開発する必要がある。
以上の特性を有する医療機器開発を、①研究大学院である東京大学で推進されてきた医工連携研究の実績を基に発展させ、②産学連携を通じて研究成果の社会実装を促進するためには工夫が必要となる。その工夫の一環として、学内共同施設である「医療技術評価実験室」の整備を行った。
実験室に求められる機能としては
- 医療機器開発者が臨床を模擬した機器設計・試作結果を評価できること。
- 開発段階初期から臨床医と共同で研究を推進できること。
- 機器の性能の科学的評価法や、新しい機器の現実の医療環境への適用方法を研究できること。
- 機器を安全かつ有効に使うためのトレーニングを実施できること。
- 将来臨床研究へ展開するための信頼性の高い非臨床データを得られること。
- また開発初期のシステム構想段階、試作システムの改良段階、臨床研究へ向けた最終評価段階といった様々な段階の研究開発活動に利用できること。
- 産学連携研究に求められる守秘性を保った実験ができること。
を想定した。
このような機能を持つ実験室として、多忙な臨床医が研究時間を効率よく利用して医療機器開発研究に参加でき、かつ工学系研究科の関連研究室からも近く、開発中の機器の移動にも便利となるよう、附属病院に隣接した分子ライフイノベーション棟地下1階に実験室を設置した。今後の発展が予想されるカテーテルインターベンション用のデバイス等、次世代低侵襲治療デバイス開発に対応できるよう、臨床使用されている設備と同品質のハイブリッド手術室を整備した。術中の透視、血管造影、3次元再構成などを行うことができる。ここでは模擬的な医療デバイスの試験研究だけでなく、ブタを使った大型急性動物実験が実施できるよう、獣医師による支援体制も整え、麻酔器、エネルギーデバイス、腹腔鏡、内視鏡、生体モニタ、除細動器、生化学分析システムなど基本的な実験機材を整備した。また映像記録については術野画像、内視鏡画像、X線画像などの各種画像を4系統までタイムスタンプを付加しながら同時記録できるシステムを備えており、編集などをすることなく信頼性の高い実験映像を記録することが可能である。また通常の手術室と同質の清浄な環境となるよう、フィルタの設置、空調設備・換気気流を下降流にする等の配慮がなされており、清潔で安全な環境での実験を可能とした。
また試作品は多くの場合、組み立て調整を実験前に行うことが多いことから、専用の準備スペースを備え、研究開発に適した環境を整備した。また産学連携を意識し、ICカードによる入室管理機能を備え、実験参加者の記録と、関係者以外の実験室への立ち入り制限が可能となっている。現在はまだGLP準拠の施設とはなっていないが、将来的にはGLP準拠とすることで、実験室で得られる非臨床データの信頼性向上に努めていきたいと考えている。
今回の施設整備により、効率よく、高品質な医療機器開発のための実験を行うことが可能となり、東京大学における優れた医工連携研究の成果を産学連携研究に積極的に展開し、新しい医療の開発に貢献できるものと考えている。またこのような環境での大学院生を中心とした研究活動を通じて、新たな医療機器・医療システムの開発に共同して貢献できる工学者、医学者の高度専門人材育成にも役立てていく所存である。